幸せの目印にして良いものと悪いものがある

子供の時に我慢していたものが、社会人になってから欲求が一気にあふれ出すことはよくあると思います。

僕の会社の先輩も、子供のころに仮面ライダーのベルトが欲しかったけれど、
親に買ってもらえなかったので、20代の今になってめちゃくちゃ買っています。

それも、子供向けの仮面ライダーベルトではなく、大人用のプレミアムなものです。
何が大人用かというと、値段が明らかに大人しか買えないレベルの値段になっています。
1万円~3万円くらいだったと思います。

これの存在を子供が知ってしまったら、日本中のお父さんお母さんは涙をこぼすことになるでしょう。

仮面ライダーは1年に1回変わるから、毎年3万円ほど使っているんだなあと最初は思っていました。
しかし、どうやら「限定」という言葉が付くことで、毎年どころではなく、
毎月ベルトが販売されているようなんです。

何が違うのかはわかりません。

「まさかすべて買っているわけではないですよね?」

「いや、限定品だから今買わないと逃してしまうから、全部買っているよ」

子供のころいったいどれだけ仮面ライダーベルトが欲しかったのでしょうか?
限定という言葉の恐ろしさを改めて実感する出来事なのですが、今回注目したい部分はそこではありません。

 

 

どれだけ手に入れても満たされることがないということです。

恐らくこの先輩は子供のころは仮面ライダーベルトを腰につけて、変身ポーズをして、カッコつけたかったのだと思います。

けれど今の先輩は、とにかく手に入れることが目的になっています。
一度聞いてみました。
「それを続けてどうするんですか?」

「わかんないけど、とにかく一番最高なものを手に入れるまではやめられない
と言いました。

ビックリしました。

何のために買っているのかもわからないのに、買い続けているようなんです。
手に入れることが目的なんです。

最高なものとは何なのでしょうか?

ミニマリストを目指している僕からするとありえないことなのですが、
僕も過去は同じようなことをしていたので、気持ちはわかります。
(仮面ライダーベルトを集めていたわけではありませんよ)

しかし、残念ながら最高なものにたどり着くことはできないんです。

こんな先輩の考えとは正反対な考え方が、仏教にはあります。
それが「小欲知足」という考え方です。

ミニマリストの親戚にあたる言葉だと僕は勝手に思っているのですが、
どんな考え方かというと、

「欲望をなるべく少なくして、現在の状態で満足することが大切である」ということです。
重要なのは欲望を無くすのではなく、なるべく少なくするということです。

欲望をなるべく少なくすれば、今のままでも十分満足できるということです。

もちろん会社で働くことが嫌で、今の生活が辛いのであれば、満足できるはずもないですし、我慢すべきではないと思います。
そんな辛い生活を我慢するというのは、欲望を完全になくしてしまうことだと思います。
大事なのは「欲望をなるべく少なくする」ことです。
辛い生活から抜けだしたいという最低限の欲望はあっていいはずです。

しかし、最高なものを手に入れるまで、買い続けると言っている先輩は「小欲知足」という考えを受け入れるべきだと思いませんか?
仮面ライダーベルトをいくら買っても最高なものにはたどり着けないでしょう。

常に、商品が生み出され続けているということは、これからさらに最高なものが生み出されてくるということですよね?

絶対にたどり着けない目的を設定してしまうと、
いつまでたっても満足できません。
いつまでたっても幸せになれません。

必要最低限の目的が達成されればその時点で幸せになれるんだと知ることが、
幸せな人生を送るコツだと思います。

アレを手に入れれば幸せになれるに違いない

そう言って、高額な仮面ライダーベルトを買い続ける先輩はいつになったら満足してくれるのでしょうか?

あなたはこの先輩のようになってはいませんか?

このブログを読んでいるあなたの目的を見直しましょう。

あなたの目的は、
お金を稼ぐことですか?
どれだけ稼ぐことですか?

僕の目的は月100万円も稼ぐことが目的ではありません。
自分の力で稼いで、会社を辞めて、辛い日常から抜け出すことが目的です。
欲望をなるべく小さくして考えると、会社を辞めることができた時点で僕は幸せになれるんです。
月収20万円、30万円でも幸せになることはできるんです。

お金がいくらほしいということは目的ではありません。

 

ここで、幸せの目印にしても良いのは最低限のものです。

逆に幸せの目印にしてはいけないのが最大限のものです。

小欲知足で考えると、必要最低限の生活ができれば、それだけで幸せであると言えます。これが最低限の幸せの目印です。

遊んで暮らせるお金があれば幸せになれると考えてしまう。
これが、最大限の幸せの目印です。

最低限の幸せにはたどり着くことができますし、もしかするとすでにたどり着いているかもしれません。

しかし、最大限の幸せにはたどり着くことはできません。キリがないからです。

最低限というのは計算ができます。
今の生活だと最低これだけお金があれば生きていけるということがわかりますが、最大限というのは計算ができません。
どれだけお金があっても、これだけあれば絶対に大丈夫かどうかわかりませんよね?

じゃあ、お金をたくさん稼ぐことでは幸せになれないの?と思われるかもしれませんが、実は違います。

今のままでも幸せだけども、もっとたくさん手に入る方が幸せであるという考え方ができれば良いんです。

「小足知足」という考え方が、絶対に幸せになれると言い張るつもりはありません。

しかし、そんな考え方があるということも踏まえて、
今一度あなたはどうすれば幸せになれるのかを考えてみてはいかがでしょうか?

もし、何かを手に入れることができれば幸せになれるというのであれば、
まずは最低限の目印をつけましょう。

その最低限のものを手にした時点で、あなたはすでに幸せになれているんだと意識してみてください。

最低限のものを手に入れた時点で幸せであると認識することができれば、いつまでたっても幸せになれずに、ひたすら最高のものを求め続ける人生を歩むことにはならないはずです。

今でも幸せ、でも増えたらもっと幸せ。

会社を辞めることができたら幸せ、そこからさらにたくさん稼ぐことができればもっと幸せ。

 

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